七五三

七五三 

三才(男子・女子)、五才(男子)、七才(女子)の子供が神社に参拝し、今まで無事に過ごしてきたことに感謝し、さらに今後の成長を祈ります。

この行事については、三才を髪置(かみおき)(頭髪を伸ばしはじめること)、五才を(はかま)()(はじめて袴を着用すること)、七才を帯解(おびとき)(幼児用の紐を解き大人と同じ帯を用いること)という、子供の成長を社会的に認知するためにおこなわれてきた通過儀礼を起源としています。
近年、七五三は11月中であれば、日にちにこだわらなくなってきましたが、もともとは11月15日に行なうものでした。これは天和元年(1681)のこの日に、五代将軍徳川綱吉の子息徳松の髪置祝いがおこなわれたことを前例とするともいわれ、さらには旧暦の11月15日は満月であり、秋祭りを行なう日等、暦学的にも吉日にあたり、その日にこどもたちの成長を合わせて感謝し、祈ったものが七五三の始まりだったともいわれております。

近年ではお子様の成長や家族構成の関係で、満年齢もしくは数え年でお参りされる方様々です。七五三祝い該

 

胡子神社の御祭神は蛭子(ひるこ)神・事代主神・大江広元公(毛利家の始祖)の三柱が三位一体となったえびす神としてお祀りされ、商いを営む人だけでなく、福の神として多くの人々に崇敬されております。

胡子神社は、慶長八年(一六〇三)町の年寄役銭屋又兵衛と大年寄松屋太郎右衛門が、町内繁栄の為に、吉田の胡堂に祀られていたえびす神を現在の地に勧請したのが創始といわれ、それによって胡町の町名が生まれました。創始については色んな異説が残っておりますが、胡子神社の起源が吉田にあるのは間違いありません。

えびす神が鎮座して以来、胡町と東引御堂町に、月四日づつ、併せて月に八日の市が立つようになり、この辺は「市の町」と呼ばれるようになりました。更に女歌舞伎清七一座の芝居小屋も出来、胡子祭が沢山の人を集め、浅野の治世になると厳島神社(住吉さん)祭礼・白島の清正公・尾長の東照宮祭・広瀬明神・白神社の氏神祭とならび広島の主要祭事となり、門前町の胡町は殷賑をきわめました。   

 

 

平成21年 七五三年齢表
祝い年 満年齢の場合 数え年の場合
三歳 (男の子) 平成18年生まれ 平成19年生まれ
(女の子)
五歳 男の子 平成16年生まれ 平成17年生まれ
七歳 女の子 平成14年生まれ 平成15年生まれ
※七五三詣は、満年齢・数え年どちらでも承ります。